taka-dai’s diary

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奈良の歴史を感じる散策の旅

2019年8月12日(月)



日本を代表する観光地、古都・奈良を散策。JR奈良駅を出発し、ならまち界隈、興福寺、依水園、東大寺を回ってきました。すべてが近くにあり見どころ満載でした。しかし、とにかく暑く、タオルを持って行って正解でした。



ならまち界隈




情緒あふれる街並みは大好きです。特に時代を感じさせる和の雰囲気。
そこで、歴史的情緒あふれる街並みを訪れてみました。江戸時代の末期から明治時代にかけての町家の面影を今に伝えるならまちは、タイムスリップしたように懐かしさを感じさせてくれました。また、町屋を改装した素敵なお店がたくさんあります。
ならまちは世界遺産である元興寺の旧境内を中心とする地域を指します。
元興寺の歴史は古く、718年に飛鳥の法興寺飛鳥寺)が元興寺として平城京に移されたといわれています。
ならまちは平城京の「外京」にあたり、当時の道筋をもとに発展した長い歴史を 持つ町です。
中でも「ならまち格子の家」は、かつての町家の暮らしを彷彿とさせる家屋が展示されていて見所満載。














 





複合商業施設 町家空間






町家の正面は、日射しや風量の調節に役立つ格子戸があり、外からは中の様子が見えにくい造りです。






美味しそうな匂いが漂ってきました。関東風鰻料理。






法相宗大本山 興福寺




興福寺奈良市にある法相宗大本山です。669年に藤原鎌足の病気回復を祈願して、妻である鏡女王が造営した山階寺が起源です。五重塔・三重塔そして八角の北円堂・東金堂は いずれも国宝、南円堂は重要文化財に指定されており、特に五重塔は古都奈良の象徴としても有名です。







 







猿沢池から興福寺五重塔が目立つ!








五重塔(国宝)







古都奈良を象徴する塔です。塔は仏教の祖釈迦の舎利(しゃり)(遺骨)をおさめる墓標です。
天平2年(730)に興福寺の創建者藤原不比等(ふひと)の娘光明(こうみょう)皇后がお建てになりました。






中金堂
以前訪れたときより、整備され大変きれいになっています。
平成22年(2010)10月に立柱式を終え、平成30年10月に落慶を迎えたそうです。






南円堂(重要文化財
西国三十三所観音霊場の第九番札所です。
弘仁4年(813)に藤原冬嗣が父内麻呂の冥福を願ってお建てになった八角円堂。






東金堂(国宝)
神亀3年(726)に聖武天皇が叔母元正太上天皇の病気全快を願って建てられたそうです。











奈良の代名詞『鹿』






興福寺前にある県庁も立派な建物ですね。






名勝 依水園




庭園も大好きです。心が和みます。
日本庭園は、「何で表現しているか?」で、代表的には、枯山水庭園、池泉庭園、築山林泉庭園があります。もともとは水のないところに石を据えることを「枯山水(かれせんずい)」といっていたのですが、後に水を使わない庭園を指す言葉として「枯山水(かれさんすい)」が使われるようになりました。枯山水と対照的なのが水を使う庭園ですが、流水を使ったり、池に水を溜めたりと水の使い方にもいくつかあります。最も多いのが池に水をはる形式で、この形式の庭園を「池泉庭園」といいます。江戸時代の大名庭園はたいてい大きな池を中心にしているので、広い意味での「池泉庭園」に入るのですが、池の他に茶室・林・田園などいろんなものを有機的につなげたりすることが多く、こういう庭園は「築山林泉庭園」とよばれます(「築山泉水庭園」とも)。



奈良市東大寺興福寺の間に位置する、名勝(文化財保護法で定められた、国指定の文化財)に指定された日本庭園依水園は、時代の異なる二つの池泉回遊式庭園から構成されています。池泉回遊式庭園(ちせんかいゆうしきていえん)は、大きな池を中心に配し、その周囲に園路を巡らして、築山、池中に設けた小島、橋、名石などで各地の景勝などを再現したものです。園路の所々には、散策中の休憩所として、また、庭園を眺望する展望所として、茶亭、東屋なども設けられています。



世界遺産を借景にした名勝「依水園」。後園エリアへと入る際と退出する際には、このような「東大寺南大門」・「若草山」・「春日山」という奈良の「美」を借景にした圧巻の風景が一面に広がります。









三秀亭








氷心亭






柳生堂






東大寺の南大門が見えます。










小さな小川も流れています。











開運稲荷






挺秀軒






水車小屋






前園(左手奥が三秀亭)






前園(奥の建物が清秀庵)






 



華厳宗大本山 東大寺




大仏さまで知られる奈良時代の代表的な寺院で大仏殿は世界最大級の木造建築物です。東大寺華厳宗大本山です。
天平15年(743)に聖武天皇が盧舎那大仏(るしゃなだいぶつ)造立の詔を発令し、その大仏を安置する寺として天平勝宝3年(751)に大仏殿が完成。以降次々と堂塔が建築され40年近くかかって伽藍が整いました。
都が長岡へ移ったあとも歴代天皇の手厚い保護を受けて、興福寺とともに栄華を誇りました。



 



 





現在の門は鎌倉時代東大寺を復興した重源上人が再建したもので、今はない鎌倉再建の大仏殿の威容を偲ばせる貴重な遺構である。正治元年(1199)に上棟し、建仁3年(1203)には門内に安置する仁王像とともに竣工した。






仁王像(門の右側)






仁王像(門の左側)






大仏殿